読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

もしも、願いが叶うなら

思うがままに駆け抜けて

担降りブログのようなひとりごと



今回のブログは全くの無計画で思ったことをつらつらと綴る自己満ブログであることを先に述べておきたい。だから、これから並べる言葉はわたしの今思ったこと、考えたことで、わたしの今現在の素直な気持ちをここに残そうと思う。


…それはわたしがずっとずっと悩んでいたこと、考えて考えてもずって答えを出せずにいたこと。そして、遂には悩むのを、考えるのをやめてそこから逃げてしまっていたのかもしれない。それは至ってシンプルで、ジャニヲタをやっている限りきっと誰もが経験すること。大袈裟に言ってしまうと、人生の中でひとつの大きな選択をしたような。

 


"担降り"




文字にするとなんて単純なものなのかと、どうしてこれだけのことでこんなにも頭を抱えているのかと、自分自身呆れてしまう。担当を降りる。たったそれだけのことなのに。
ここでわたしの言う"担降り"は、"ヲタ卒"ではなくグループ内の担降りだ。初めてジャニーズの世界に足を踏み入れ、今日までジャニヲタとして過ごしてきたわたしの日々の最初のスタートを切ってくれたのは他でもない"藤ヶ谷太輔"だ。彼に出逢って、わたしの人生が大きく変わった、いや、変わってしまったのだ。わたしの周りの環境はもちろん、わたし自身の価値観もそうだ。得たものもあれば失ったものも数多くある。オタクをしていて楽しかったこともあれば、辛い思いをしたり苦しかったことだってある。だけど、それ以上の喜びを、幸せを与えてくれたのも事実だ。彼を好きになって、ジャニヲタになって後悔したことは一度もない、と言えば少し嘘にもなるのかもしれないが…。
それでもわたしにとって"藤ヶ谷太輔"という人物はわたしを大きく変えてくれた人で、今だってきっとこれからだって特別な人であることに変わりはないのだ。






…疑わなかった。だって、ずっとずっと彼しか見てこなかったんだから。いつの間にか、彼以外の人を無意識に目で追ってしまう。いつの間にか、自分の中に彼以外の人物が存在している。そんな事実に目を背けていた、気付きたくなかった。きっと、その人物が藤ヶ谷くんに全く関係しない人物だったらこんなに悩まなかったんだと思う。



その人物が、彼の唯一無二の存在で彼の人生に無くてはならないたった一人のシンメトリーだったから、"北山宏光"だったから、わたしは今こんなにも頭を悩ませているのだ。





お互いにないものを補い合って、お互いを高め合って、時には相棒となり、時にはライバルとなってキスマイの先陣を切ってきた2人。彼らの存在がなければ今のキスマイはなかったと言ってもきっと過言ではない。藤ヶ谷くんの隣にはいつだって北山くんがいた。だからこそなのだ。最初は"藤北"というブランドに騙されているのだと、自分自身錯覚してるのだと思っていた。でもそうじゃなかった。日を増すごとに北山くんに心を奪われていく自分がいた。藤ヶ谷くんにはないものが北山くんにはあって、もちろんそれは藤ヶ谷くんにだって言えることだ。だけど、チャラそうに見えてほんとはすごく真面目で誠実で、熱くて。北山くんの仕事に対する姿勢やファンの想像をはるかに超えた努力。たまに見せる無邪気な少年のような顔、二枚目にも三枚目にもなり得る振り幅の広さ。いつだってわたしたちファンの期待を良い意味で裏切ってくれる。そんな北山くん自身にわたしは心を奪われていっていたのだ。




こんな中途半端なままで、藤ヶ谷担と名乗ってもいいのだろうか、担降りをするべきなのではないかとずっと迷っていた。「担降りをしても藤ヶ谷くんが大好きなことには変わりないし、わたしにとっての担当が北山くんになるだけで日常はきっと変わらないよ」なんて思ってしまえばそれは簡単なことだ。だけど、ずっとずっと藤ヶ谷くんだけを見てきて、藤ヶ谷くんがわたしの全てで、いつだって一番は藤ヶ谷くんだった。言ってしまえば、藤ヶ谷担を降りるときがわたしがジャニヲタを卒業するときだと思っていたのだ。なのに、どうしてだろう。頭で考えていることと、心で思うことはやっぱり違うのだろうか。








こんなに長々と語ってきたのに、答えは結局見つからないままだ。ジャニヲタの担降りブログにしか見えないこの記事。「藤ヶ谷担辞めて北山担になります」みたいな、簡単に言えばそんなことを今の今までダラダラと書き綴ってきた。北山担って名乗っちゃえば楽なのにね、自分でもそんなこと分かっているんだ。ただ、藤ヶ谷担じゃない自分が想像できなくて、義務的に藤ヶ谷担をしているのかもしれないけれど、やっぱり藤ヶ谷担を降りることができない自分がいる。今はまだ考えられないだけで、1年後、もしかしたら何ヶ月後、何日後かには「北山担になります」って言ってしまっているのかもしれない。でも、それでもやっぱり今はまだ「北山くんが大好きな"藤ヶ谷担"」でいさせて欲しいと思うんだ。中途半端でごめんね、藤ヶ谷くん。








この自己満ブログがついには2000字を超え、収集がつかなくなってきている。笑えるが、結局答えは自分でもまだ見つかっていないのだ。藤ヶ谷太輔という名の沼、北山宏光という名の沼、その2つの沼に片足ずつ突っ込みながらわたしのジャニヲタ生活はきっと2016年も変わりなく続いていくんだろうなぁ、なんてことを思いながらこの記事を締めたいと思う。










2016年も皆様にたくさんの幸せが訪れますように。
1月20日(19日)がとってもとっても楽しみです。